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「フラワー・オブ・ライフ」 レビュー

フラワー・オブ・ライフ レビューその2 春太郎は成長したんだろうか?

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フラワー~のネタばれ記事です。





「行ってき、ます。」
ひきこもりのさくらが一念発起。おしゃれして流行の帽子をきゅっとかぶって服屋に働きに出かけるさくら。これは自分にいいきかせてるのですよね。「頑張らなきゃ、」などという陳腐なモノローグでなかったことに感心しました。私は4巻でこのセリフが大好きでしたね。

さくらはお料理ができて、洋服の才能もあり、美人で明るい性格なのに、引きこもり。なんでかいな・・とひきこもったことのない相沢(管理人)は最近ずっといろいろ考えてみたのです。でも作品を何度も読み返してみてもわかんないのです。
で、考えてみて、そうだよなあ・・ひきこもりになるのに明確な理由なんていらないなと。
第三者からみればささいなことかな?という程度である日急にいじめられるようになったり陰口を言われるようになったり、ひきこもりにあったりというのはありますし。それは高校だけでなくて社会人でもそうだし。他人から見てとてもささいなことのように思えても、当人には大事なことだったりするし。
ということで 最初私ったら むかし「なかよし」派だったせいかずいぶんドリーミーヘンテコな展開を期待しながら読んでました。よしながファンの風上にもおけないって感じで。
さくらは「ひきこもっちゃった白雪姫」で、いつかは王子様がでもないけど、めざめさせてくれる王子様でもあらわれるのかと思っていたんですよ。辻君がなにかしらやってくれるのかなと思っていたけど高校生だし、彼はまだまだ発展途上だし。いくらなんでも出来杉かと4巻読んですぐ反省しましたけど。まあそんな勘違いをしちゃったのは辻君のルックスが愛する小野に似ていたからかもしれない。(結局それか。すいません。)これこそ陳腐な展開になってしまうけどあのでも昔の王道少女漫画ってこんなだった気がしませんか。


春太郎はとても正直な男の子だったけれども、相手のことを考えないで、ずばっと言っちゃう事が多かった。自己紹介にしても、水泳の時間にしても。今まではそれのどこがいかんのだと楽しく過ごしていたけど翔太とマンガのネームでやりあったりして距離感を覚えていく。しかし、あるとき、ほんとうに大切にいたわっていたつもりのすぐそばにいた姉のさくらに狂気じみたテンションでずばっと真実をぶつけられたことで、人は衝動的にいろんなことを言ったり実行しようとしたり刃物のような言葉で人を傷つけることもあるので、何でも思ったことを正直に言えばいいってものではないんだなと理解する。しかしまずは自分の寿命のことが重くのしかかりはじめる。そして、姉ちゃんも両親もきっとつらかったんだ・・と「思うようにしている」「言い聞かせている」というふうに読みました。だってラストは春太郎のモノローグで終始してるし。心底からそう思っていなくって「そういうふうに思わないとやりきれんわ」と少し何か諦めのような境地に達してしまったんでは・・と再読してそう感じるようになりました。

最初4巻を読み終えたとき、胸が高鳴っていたというか興奮してもいたので本当にいろんなことを感じて、自分なりのいろんなシーンも浮かんできて、自分と1年D組をオーバーラップさせて呼んでたんです。春太郎のラストも彼の成長と美学と侠気だと思っていたんです。そしてひらひらと桜が舞って。ああいいマンガだった。って涙ぼろぼろだったのです。

でも再読していくうちに、なんだかこの作品にある「妙にざらざらしたもの」がまるで砂絵のように浮かび上がってきたんです。
春太郎って何かを諦めちゃったのかなって。マンガ家になる夢も実力の差を見せ付けられた10年に一人の逸材の作品を見るわけで、漫画家にはもうなれないなと心の中でつぶやいているし、そのほかのいろんなことも諦めちゃったのかなって。あーもしかしてよしながさんこっちのざらざらの方を伝えたかったのかなと思うようにもなってきて。

姉ちゃんの一人くらい養ってあげるよ、というくらいやさしい気持ちでさくらに接していたのに、さくらにシビアな現実をつきつけられてあの英和辞典の熟語じゃ春太郎はあまりに かわいそすぎる。フラワーオブライフ」の熟語が登場するとき、ここはいかなる読み方をしようともやっぱり泣いてしまいますね。でもどれだけ春太郎が気の毒でもさくらに共感できないという風には感じないんです。不思議と、です。
もし同じシチュエーションになったら私もさくらのように感情でぶつかってしまうかもなと思えてしょうがないと思うくらいで。


真島論もお盛んで、どれも読み応えがあるけれども、でも春太郎の現実に比べたら真島の女教師への恋ってのはお気楽すぎんか?????と思ってしまうのです。同じ土俵に並べたら春太郎がかわいそうだと。

でもだからこそシリアスな現実と向き合っている春太郎と、自分がリードしていたはずが実は翻弄されていたと唖然としているオタ真島が対峙するシーンが私もすごく好きです。なぜか?ふたりの心にいだいているお悩みがあまりにかけ離れているから。お互いまったく違うことを考えてるのに同じこと話しているようにしてふたリは向き合っている。
ここであくまでも春太郎側にたって読んだときにとても面白いと思ったんです。

真島とシゲならば、うーん真島あんたが正しい。
「これがあたしだもん」などと開き直っちゃって、まあ、どっこも共感できないのですよ私。「気持ちがなくなった」だのなんだの言って別れてあげればいいのに、あのうだうだで真島がカッターチリチリやるなどというのはやはり高校生だなあとこのへんも巧いなあと。

真島、あんたは結構まっとうじゃないか、と思ってしまう。シゲは姿はいかにもなオカマだけれども中身は「女」のやーなとこ体現してるなあ、いまひとつ共感できないなあと思ってしまう。でもシゲはすごく巧く描けているけれど。

私も真島の背後で応援してシゲに言いたいもん。

「お前と小柳は別れていなければいけない」って。

でも別れられないなら「もう俺はお前に姉萌えがなくなった」と
いって去れないのがかわいいところなんですよ。

真島は、大人になったというよりは、恋愛男子をたっぷり味わい人間らしくなった、ということが進歩であったような気がします。


あとは春太郎が狂気じみたみにくい表情を真島に見せるコマが好きです。

真島に思いっきり「それってお前の大嫌いなフツーだぜ」と言っているけど、真島のことを考えながら発している言葉ではないのですよ。
頭にあるのは自分のこと。普通でいられてめいっぱい恋愛を謳歌している目の前のシニカルなクラスメート。うらやましくてしょうがない。
そのうち興奮してきて、感情の持って行き場がなくなっていきなり子供のようにわーんと真島の前でおお泣き。

この春太郎との対峙のシーンが三国翔太じゃなくて真島であったことにはとても説得力がありました。
そして春太郎は三国翔太のことを一度は本当の友達ということで接してきたけれど、結局これからは心底では相容れないのかしら・・とまで思わせました。

「ざらざらしたもの」・・・それは春太郎の夢への諦めと思いやりという名の妥協。

相手のことを思いやることは美しいけれど、思いやりという美しいたてまえで自分が本当に言いたいこと、伝えていきたいことを隠す癖がついて人付き合いにおける泥臭さとかみっともなさなどを避ける春太郎にはなってほしくないなと感じるんです・・・。まだ高校生なのに。

春太郎のずばっと言っちゃうとこ、私は「ま、実際はありえないよな」と思ってはいたけど、私は肯定派。坂井さんが水泳の時間を思い出して「あんなこと言ってくれたらときめいちゃうな」とお気楽に心の中で思っていたように・・女子から見て素直でストレートな男の子って希少価値で 魅力的なのですけどね。


真島はこのラストに向けてのすんごい伏線キャラだったわけで、オタク大上段がまえのように一見見えるけど 結局作中ではラブリーな位置づけになってるっていうか、とってもとってもかわいらしい役だったということですよね。


変ですかね このよみかたって。でも私ってスタンダードな作品ほどへんてこな読み方するのが好きですから。
さわやかな中にもざらざらしたものが内包していて・・・すごいなやはり。

フラワー・オブ・ライフはスタンダードになりますよ。絶対に。




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